リキュールの知識
リキュール / 歴史 / 定義 / 製法 / 分類 / 出典 / 参考文献 / 関連項目
歴史
原初のリキュールが誕生したのは紀元前古代ギリシャのことである。医者であったヒポクラテスがワインに薬草を溶かし込んだ薬酒を作ったことがその起源とされている2007新版 HBAバーテンダーズオフィシャルブック P132。これは当時人々が、酸味が強く飲みづらかったワインに蜂蜜などを混ぜて飲んでいたことにヒントを得て作られたといわれている。しかしながら、現在のリキュールは蒸留酒をベースとしたものが一般的であり、ワインをベースとしたものはリキュールとは呼ばないため、この薬酒を「リキュール」の起源とすることはできない。現在におけるリキュールの原型、すなわち蒸留酒をベースとしたリキュールの原型が作られ始めたのは、11世紀から13世紀にかけてのことである。11世紀に、当時の錬金術師たちによって生命の水(アクアヴィテ・Aquavitae)と呼ばれる蒸留酒が作られた。アクアヴィテには薬酒としての効能があると伝えられ、重宝されたことから、薬酒・錬金術の薬液「エリクシル」としてのリキュールの開発が始まった。そして、13世紀、スペイン人でローマ教皇の医師であったアルノード・ビルヌーブとラモン・ルルは「スピリッツに薬草の成分を溶かし込むことによって、さらに薬酒としての効能を高められる」と考え、レモンやバラ、オレンジ・フラワーなどの成分をスピリッツに抽出したリキュールを作成した。そしてこの薬酒をラテン語で「溶け込ませる・液体」という意味を持つ「リケファケレ(Liquefacere)」と命名したのである。このように、原初のリキュールには薬酒としての性格が強かったために、以後これらのリキュールの製法は修道院に伝えられていった。14世紀に入り、黒死病がヨーロッパで猛威をふるった際に「リキュールは病の苦しみを和らげる」と信じられたことも、修道院がリキュールを扱うようになった背景と言える。彼らは、付近から薬草や香草を収集、独自リキュールの調整に励んだ。これは現代においても、ヨーロッパで薬草を副材料としたリキュールの開発が盛んである背景となっている。現在のように、リキュールが嗜好品として扱われるようになったのは15世紀になってからのことである。北イタリアの医師であったミケーネ・サボナローラが、「ロソーリオ(Rosolio. イタリア語で「太陽のしずく」という意)」というリキュールを開発する。ミケーネは患者に薬としてスピリッツやリキュールを奨めていたが、嫌がり飲まない患者がいた。そこでミケーネはスピリッツにバラの香りをつけて患者や人々に振舞ったのである。そうして作られたロソーリオは次第にイタリア全土に広まっていった。イタリア全土に広まったリキュールは、16世紀、フィレンツェの名家であったメディチ家の娘カトリーヌ・ド・メディチがアンリ2世 (フランス王)|アンリ2世に嫁入りし、その際に同行したシェフが「ポプロ」という酒(「これはワインをベースとしたものであり、厳密にはリキュールではなかった」とする説、「ブランデーをベースにじゃこうやシナモンなどで香りをつけたものであった」とする説などがある)を紹介し、フランス宮廷内で人気を博す。これはルイ14世 (フランス王)|ルイ14世の時代(17世紀)にかけて、「液体の宝石」と呼ばれるほどに色合いの美しいリキュールが開発されていくきっかけのひとつともなる。また、時を同じくして大航海時代となると、従来の薬草を中心とした副材料に加え、新大陸あるいはアジア圏から持ち込まれた香辛料がリキュールの開発をさらに加速させていく。甘味、風味を増したリキュールは多様化し、誕生していったのである。もっとも古いリキュール・メーカーであるボルス社が誕生したのも、この時代である(1575年、オランダで誕生した)。近代になると、技術の革新や食生活の富裕化、あるいは医療技術の進歩によって、リキュールは薬としての役割を失っていく。そして、風味や色を重視したものが作られるようになる。19世紀後半、連続式蒸留機の開発・普及により高濃度のアルコールが生成できるようになると、それをベースとしたリキュールが次々と開発されていくこととなる。こうした技術の革新や向上は現在においても行われており、これまで困難とされてきたクリームなどの動物性原料を使用したものなど、新しいタイプのリキュールが開発されているのである。
日本におけるリキュールの歴史
日本にリキュールが伝わった時期についてはさまざまな説がある。;平安時代説
:平安時代に中国から伝わった屠蘇を起源とする、という説。
;16世紀説2007新版 HBAバーテンダーズオフィシャルブック P134スピリッツ銘酒事典 P177
:豊臣秀吉の時代に、宣教師が「利休酒」というリキュールを持ちこんだ、とする説。「宣教師らが葡萄酒や利休酒を用いて改宗させようとしている」という記述があり、これが日本におけるリキュールの原初だとする説。;江戸時代説リキュール&カクテル大事典 P17
:江戸時代、オランダやイギリスの宣教師が、将軍への献上品として持ち込んだものがリキュールの原初だ、とする説。文献に残っている、リキュールにまつわる事柄としては、1852年の黒船(アメリカ艦隊)来航の際には、ペリーが奉行たちにリキュール(マラスキーノとされているを奉行たちに振舞った、というものがある。また、1871年には、薬酒商であった滝口倉吉によって、日本オリジナルのリキュールが誕生している(焼酎に砂糖、フェンネルを加えたもの)。日本産リキュールの代表格としては、メロン・リキュール|ミドリがある。現在ではミドリをはじめ、グリーンティー・リキュールやサクラ・リキュールなど、日本独自のリキュールが多く開発されている。
語源
「リキュール」という言葉の語源としては、「アルノード・ビルヌーブとラモン・ルルが作成した「リケファケレ(Liquefacere)」が変化したもの」とする説と、「ラテン語で「液体」を意味する「リクオル(Liquor)」が古代フランス語の「リキュール(Licur)」となり、現在のスペルとなった」とする説とがある。また、ドイツやイタリアなど各国の言語においても、発音のゆれはあるものの、「リケファケレ」「リクオル」を語源とし、これが訛ったものであると考えられている。
果実の果肉・果皮・果汁を主原料とするリキュール。製造の歴史は浅いが近代における製造量や種類は最も多い。薬よりは嗜好品としての要素が強いリキュールであり、カクテルや製菓に利用される。また風味が穏やかで親しみやすく、ストレートあるいはソーダ割りなどの手軽な方法での飲用に向く種類でもある。* 梅酒(ウメ|梅) クレーム・ド・アプリコット(アンズ|杏) クレーム...
